温泉郷ONSENKYO

別府温泉

温泉郷に関する読み物 — 名湯・地域の温泉文化

2026年9月2日読了 5分
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別府温泉

あちこちから湯けむりが上る、世界一の温泉都市

大分県別府市は、源泉の数が2,831孔、1日の湧出量が101,856リットルと、源泉数・湧出量ともに日本国内で圧倒的なトップを走る温泉地です。大分県全体の湧出量の約3割以上が、この別府市に集中しています。

驚くのは、これほどの温泉が別府市という限られた狭いエリアにギュッと集まっていることです。地球上にある「療養に良いとされる温泉の泉質(全10種類)」のうち、なんと7種類もの泉質がこの街だけで楽しめます。これほどたくさんの源泉が共存できているのは、それぞれの井戸のパイプを細めに保ち、地下の圧力をうまく分散させながら、バランスよくお湯を湧き出させているという、繊細な仕組みのおかげです。

奈良時代の記録にもすでに別府の温泉が登場しており、鎌倉時代には傷ついた武士たちの療養所が作られました。江戸時代には海岸沿いで楽しむ「砂湯」が有名になり、明治時代に鉄道や港が整備されると街は大発展。大正時代には「近代観光の父」と呼ばれる油屋熊八が、日本初の女性ガイド付き観光バスによる「地獄めぐり」をスタートさせ、別府を一大エンターテインメントの街へと育て上げました。

また、鎌倉時代にお坊さんの一遍上人が、激しい噴気で近づけなかった鉄輪(かんなわ)の地を鎮め、その熱を利用して「鉄輪むし湯」を作ったことも有名です。むし湯の床には「石菖(せきしょう)」という薬草が敷き詰められており、温泉の蒸気で蒸された良い香りが今も湯治客を癒やしています。別府に長く滞在する湯治客が、自炊の道具として竹カゴを編んだことから始まった「別府竹細工」は、今では国の伝統的工芸品として愛されています。

共同浴場

別府の街を歩くと、地域の人々が毎日のように通う「共同浴場」をいたるところで見かけます。実は、別府の温泉文化の本当の凄さは、こうした一般に公開されている公衆浴場や旅館のさらに奥に隠されています。 別府市内にある源泉のうち、なんと約7割以上が「個人用の温泉(自家利用)」として使われています。これは大正時代から続く別府ならではの伝統で、家にお風呂を引くような感覚で、自分だけの温泉を所有する文化が100年近く前から根付いているのです。 一般の観光客が立ち入れない個人湯が数千カ所も実在するという事実は、別府温泉の底知れない奥深さと、どこか謎めいた魅力を醸し出しています。

別府八湯温泉道

この広大で多様な温泉の世界を味わい尽くすために生まれたのが、「別府八湯温泉道(べっぷはっとうおんせんどう)」というスタンプラリーです。別府市内にある8つの代表的な温泉郷(浜脇、別府、観海寺、堀田、明礬、鉄輪、柴石、亀川)はそれぞれ異なる歴史や景色、お湯の個性を持っています。

詳細:別府八湯温泉道の詳細を見る

温泉道では、「スパポート」と呼ばれるスタンプ帳を手に、参加している約150の施設から88カ所の温泉を巡ります。見事達成すると「温泉道名人」の称号が与えられますが、これほど多くの湯を巡っても、別府にある源泉全体のわずか数パーセントに触れたにすぎません。 スタンプを集める楽しさはもちろん、番台さんや地元の人々、そして全国から集まる温泉仲間と湯船で言葉を交わしながら、別府の歴史や温かい文化に触れることこそが、この旅の一番の醍醐味です。

マニアックな豆知識

源泉の7割超が個人湯 — 大正時代から続く「自家利用」文化。一般公開されない個人源泉が数千カ所存在し、観光で触れられる湯は氷山の一角。

八湯の泉質差 — 浜脇・別府(単純・炭酸水素塩)、鉄輪(塩化物・むし湯)、明礬(硫黄・酸性)、亀川(海浜砂湯)など、近接しながら泉質が異なる。

温泉道151施設 — 2026年9月時点で参画約150湯。うち88湯スタンプ対象。竹瓦温泉(第1番)・紙屋温泉(第11番)・鉄輪むし湯(第40番)など、番号付き公式リストあり。

地獄めぐり — 油屋熊八が大正期に女性ガイド付きバスで開始。観光地獄からの足湯・飲泉は温泉供給先が限定管理されている。

公式サイト:別府八湯温泉道【公式】

研究の最前線

別府は九州大学などとの共同研究の舞台でもあり、泉質別の腸内細菌叢の変化(温泉入浴と腸活——腸内細菌叢の最新研究)や、夜間入浴と血圧・睡眠(夜間温泉入浴と睡眠・血圧——最新研究のまとめ)など、温泉の健康効果を科学的に検証する取り組みが進んでいます。

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