気候変動が温泉資源にもたらすリスク
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気候変動が温泉資源にもたらすリスク
温泉は、湧出口のお湯だけを見ていても守りきれません。源泉と担い手をめぐる課題で触れた降水の変化も、実は 地下の水がどこから来て、いつ地上に戻るか とセットで語られ始めています。雨の降り方、森林、掘削や発電——表に見えない経路と、湯に込められた「時間」を軸に、いくつかの事例をたどります。
温泉の中には、4,400年前の雨が混ざっている?
温泉の水は、どれくらい昔に降った雨でしょうか。
アメリカ・アーカンソー州の ホットスプリングス国立公園 では、温泉をつくる水に 2つの経路 があると説明されています。一つは、雨水が浅い地下水となり 数か月 ほどで湧き出す経路。もう一つは、地下深くまで潜り、地熱で温められて 約4,400年 後に地上へ戻る経路です。
この公園の温泉は、時間の異なる地下水が 混ざって できています。目の前の湯船を満たしている水の一部は、古代の人々が暮らしていた時代に降った雨かもしれません。日本の温泉がすべてこの仕組みとは限りませんが、「ひとつの温泉の中に、数か月前の雨と、数千年前の雨が同居しうる」というイメージは、資源保全の考え方を変えてくれます。
温泉を守るということは、湧出口だけでなく、 雨水が地下へ入っていく涵養域(リチャージゾーン) まで意識することなのです。
アーカンソー——雨の降り方が、地下への入り方を変える
同じ公園では、気候変動がこの水循環にどう関わるかも議論されています。1970年代と2010年代を比べると、年平均気温は約1.6°F(約0.9℃)上昇したとされています。国立公園局(NPS)は、蒸発の増加、干ばつ、豪雨の強まりが涵養に影響しうると説明しています。
興味深いのは、 雨が多ければよいとは限らない ことです。
- 穏やかな雨が続くと、地面に水が染み込みやすい
- 干ばつが続くと土壌が乾き、浸透しにくくなる——NPSは、干ばつ後に 数か月以内 に湧出量が減る例も観察していると述べています
- 短時間の激しい雨は、地下に入る前に地表を流れやすい
- 大規模な山火事で植生が失われると、雨水がゆっくり地下へ入る働きも弱まりうる
一方、 計画的な火入れ(prescribed fire) は、焼け野原を作るための施策ではありません。燃えやすい枯れ枝などを減らし、制御不能な大規模火災を防ぐ管理です。NPSは、涵養域の舗装を避けるなど、雨水が地中に入る土地を守る取り組みも進めています。
欧州——地下の状態を調べ始めた ThermEcoWat
フランス・ポルトガル・スペインの温泉地では、2024年1月から2026年12月まで、国際プロジェクト 「ThermEcoWat」 が進行中です。ショード・エーグ、サン・ペドロ・ド・スル、カルデス・デ・モンブイなどがパイロット地域です。
南西ヨーロッパでは、長期的な降水量の減少などが、温泉の水質・生態系・温泉地の経済に影響する 可能性 が指摘されています。しかし、気候変動によって湧出量や泉温がどう変わるかを体系的に評価したデータは、まだ十分ではありません——それ自体がプロジェクトの出発点です。
3か国の温泉地で地下水や温泉資源を調べ、将来の変化に備える管理方法を検討しています。 すでに混合比が変わったと実証した研究 ではなく、まず地下で何が起きているかを知ろうとしている段階です。
地熱発電——別のリスクをモデルが示した
気候変動とは別軸で、 地熱発電 と温泉の共存も各地の課題です。2025年12月、Scientific Reports に掲載された研究では、深部の熱水をくみ上げ、冷却した水を地下へ再注入することが、地表近くの温泉に与える影響を、コンピュータの地下水流・熱輸送モデルで試算しました。地質・熱条件は米国コロラド州中央部を参考に構築されています。
そのモデルでは、設定した条件のもと 湧出量が最大約30%減少 し、 湧出温度が10〜20℃低下する可能性 が示されました。これは現地で一律に起きた被害の統計ではなく、シミュレーションの結果です。断層や地質によって結果は大きく変わりうる、とも論文は述べています。
日本でも、熱水資源の利用(地熱発電)と温泉保護のバランスは議論の中心です。環境省は2024年3月改訂のガイドラインで、温泉事業者と地熱発電事業者による モニタリングと情報共有、協議を通じた合意形成などを求めています。
インド・ラージギル——雨から湧出まで、時間差がある
インド東部ビハール州の ラージギル 温泉地帯を対象にした2024年の水文地質研究では、温泉を支える涵養に 年間850 mmを超える降水量 が必要と推定されました。周辺では過去10年間に 地下水位が約2 m低下 していることも報告されています(湧出量が2 m分減ったという意味ではありません)。
興味深いのは、雨が降ってすぐ温泉が増えるわけではない点です。降雨量のピークから 地下水位のピークまで約20〜30日、 温泉湧出量のピークまで約30日 の時間差が観察されています。断裂した石英岩や花崗岩、沖積層など、複数の帯水層が涵養と湧出に関わるとされています。
地表に降った雨が地下を通り、帯水層を満たし、温泉として姿を現すまでには 数週間 かかる。深い経路なら 数千年 かかる場合もある——時間のスケールが違うだけで、どちらも「湧出口の外」を守る話につながります。日本国内の対比例として、箱根の浅い湧出と深い湧出の違いも参照してください。
日本——別府が記録し、掘削を制限した
気候変動だけに帰せない変化も、日本では長く見守られています。別府市では、温泉の 温度低下、 掘削深度の増加、噴気・沸騰泉の減少などが確認されてきました。大分県と別府市は平成30年度〜令和2年度に 市内全源泉 の温泉資源量調査を実施し、将来予測でも泉温低下が見込まれる結果となりました。
その結果を踏まえ、2022年4月から 西部・南立石 の2区域を、新規掘削を認めない 特別保護地域 に追加指定しています(掘削や揚湯、地熱発電など複合的な要因が議論されています)。別府市の条例では、一定の温泉発電事業について、近隣源泉の温度・湧出量・泉質などを 測定・報告 する仕組みも定められています。
温泉は湧いているから無限、ではありません。地下の状態を調べ、変化を記録し、必要なら掘削を制限する——そうした地道な管理も、次の世代へ残す仕事です。
温泉地にできること——見えない変化を記録する
研究や現場の知見から、意識したいポイントをまとめます。
- 涵養域の森林や土壌 — 雨水が地中に染み込む面積を減らさない(豪雨だけに頼れない)
- 湧出量・泉温・泉質の継続モニタリング — 温泉分析と成分表示の実情と同様、量と質を長期記録する
- 地熱開発との事前協議 — 取水・揚湯・再注入が競合しないよう、モニタリングと情報共有を
- 異常気象への備え — 渇水時の湧出減や、豪雨時の土砂など、各地で経験が蓄積されている
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